宮田人|中央アルプス駒ヶ岳のまち長野県宮田村:宮田村議会議員:天野早人

  • White Facebook Icon
  • White Twitter Icon
  • White Instagram Icon

MIYADAJIN

© Hayato Amano,All rights reserved.

  • 天野 早人

不滅の村、宮田村。

新生宮田村60周年・分立(分市)60周年記念式典祝賀会

本日2016年10月29日、中央アルプス駒ヶ岳のまち長野県宮田村で、新生宮田村60周年・分立(分市)60周年を記念する式典と祝賀会が挙行されました。功労者表彰等受賞者の皆さま、おめでとうございます。

1954年、宮田村は単独で町制施行して「宮田町」となりましたが、同年7月に、赤穂町、中沢村、伊那村と合併して駒ヶ根市を新設しました。しかしながら、住民の意向を無視して合併が進められたことや、合併後に宮田町を分離する約束が履行されなかったことなどが発端となり、県や国を巻き込んだ分立運動(分市運動)へと発展しました。当時の写真が、宮田村インターネット博物館で公開されています。

先人達の努力で1956年9月30日に分立(分市)を成し遂げ、新生宮田村として復活を果たしてから、今年2016年でちょうど60年となります。分立(分市)後、長野県知事や内閣総理大臣による再合併の勧告をも乗り越え、最終的には1961年4月6日の住民投票結果を受けて宮田村の存続が不動のものとなり、今日に至っています。ちなみに、宮田村と中越村が合併し、現在の宮田村になったのは1875年のことで、昨年2015年に140年を迎えました。

60年前の教訓から学ばなければならないことは、いつの時代も住民の意向を無視した政治は、たいへん不幸な結果を招くということです。先人達の努力に敬意を表するとともに、日本の地方自治史上、稀な経験をした自治体の議会議員として、そのことを常に意識しながら行動していきたいと思っています。

式典中、村長、村議会議長、功労者表彰等受賞代表者の各挨拶で取り上げられていた宮田村むらづくり基本条例は、住民、議会、行政の三者協働で制定した条例であり、この60年のタイミングにあわせて、今年1月1日に施行されたものです。コンパクトで持続可能な自立の宮田村であるために、むらづくりの理念や村政運営の基本的事項等を定めてあります。

わたくしたちの宮田村は、先人達が1万年以上前から生活を営んでおり、「宮田」という地名が文献上初めて登場するのは、今から千年ほど前の平安時代までさかのぼることができる歴史の長い村です。これから先も、千年先、万年先をめざして、誇りある自立の村、不滅のむらづくりに邁進していくことを決意する一日となりました。

宮田村から宮田町へ、宮田町から駒ヶ根市へ、駒ヶ根市から宮田村へ。宮田村の歩み。

1953年

12月23日 宮田村議会「村の名称を変更する条例」可決、「宮田村」から「宮田町」への変更手続き

1954年

01月01日 単独で町制施行し「宮田町」となる

01月12日 長野県地方事務所長から合併調査機関の設置指示

02月15日 宮田町で町民大会が開かれる、宮田町議会が合併を議決

02月16日 宮田町、赤穂町、中沢村、伊那村の合併調印式

02月17日 津島神社に町民500人が集まり合併反対を決議

02月24日 宮田町議会が合併取り消しを決議

02月26日 宮田町の各種団体が参集し合併反対を確認

03月10日 宮田町で住民投票行われ、90%が合併反対

03月18日 宮田町長が辞職

03月29日 宮田町議会が総辞職

06月04日 長野県議会議員の調停で駒ヶ根市発足後、宮田を分市する誓約書成立

07月01日 宮田町、赤穂町、中沢村、伊那村が合併して駒ヶ根市を新設

07月14日 長野県議会議員から誓約書に基づいて宮田分市の申し入れ

07月23日 長野県議会議員が誓約書再確認を促す

07月24日 駒ヶ根市議会が宮田分市案を否決

07月29日 分市貫徹実行委員会結成、宮田町再現を目指す決議

08月09日 初代駒ヶ根市長選挙で宮田区民の87%が棄権

08月28日 宮田分市貫徹町民大会を開き1700人が駒ヶ根市役所へデモ行進、分市貫徹宣言を提出

11月24日 宮田分市貫徹町民大会で2300人が宮田町復元を決議

11月25日 宮田地区が駒ヶ根市へ断絶通告

12月11日 長野県議会が宮田分市の請願を採択

12月18日 長野県総務部長、地方課長、地方事務所長らが駒ヶ根市に宮田分市要請

1955年

1月19日 宮田地区の1800人が住民大会を開き、市長らに責任ある回答を要求

1月26日 長野県議会議員が調停の打ち切りを宣言

12月28日 駒ヶ根市長が辞職

1956年

06月    長野県が調停案を示す

07月20日 宮田分市貫徹実行委員会が長野県の調停案を承諾

09月10日 駒ヶ根市が長野県の調停案を承諾

09月24日 駒ヶ根市議会が宮田分市を可決

09月30日 新生宮田村として、駒ヶ根市から宮田地区が分立(分市)、長野県の町制施行に関する条例の改正によって「町」の人口要件を満たすことができなくなり「村」として分立(分市)

1957年

03月12日 宮田村と駒ヶ根市に長野県知事が合併を勧告

1958年

09月20日 宮田村と駒ヶ根市に内閣総理大臣が合併を勧告

1961年

04月06日 宮田村で住民投票が行われ合併反対75%で宮田村存続確定



宮田人

天野早人